おみくじの原型は、平安時代の比叡山延暦寺の僧侶元三大師(がんざんだいし、本名:良源)が考案したとされる「元三大師百籤(がんざんだいしひゃくせん)」と言われています。これは100の漢詩からなり、引いた籤の漢詩を神仏からの託宣として読み解くものでした。
中世のおみくじは、現代のような気軽な楽しみではなく、重要な意思決定の手段でした。室町幕府の将軍選定など、人事に関わる場面でおみくじが用いられた記録が残っています。「神意に委ねる」という発想は、人間の判断を超えた決定方法として尊重されていたのです。
おみくじが現代のように参拝の楽しみとして庶民に広がったのは江戸時代以降。明治期には和歌を添えた現代に近い形が普及しました。今でも漢詩の番号(第◯番)は元三大師百籤の伝統を受け継いでいます。
凶を引いたら結ぶ?持ち帰る?
凶を境内の枝などに結ぶ習慣には、悪運を「神社に結びつけて自分から離す」という意味があると言われます。一方、「持ち帰って戒めとする」という考え方もあり、地域や寺社によって解釈は様々です。実は厳密な決まりはなく、どちらでも問題ないとされています。
多くの神社では大吉・中吉・小吉・吉・末吉・凶などの順ですが、寺社によって運勢段階の数や種類は異なります。例えば京都の伏見稲荷大社では「大大吉」があり、また「半吉」「末小吉」「平」など独自の段階を持つ寺社もあります。
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